お役立ちコラムColumn
流氷が来るまちで「育てる」を仕事にする
冬のオホーツク海は、黙っていても迫力があります。白い流氷が寄せては離れ、風が頬を切る凍つく寒さを感じる北海道紋別市。
「ここね、来る前に思ってた“北海道の大自然”とは、ちょっと違うかもしれないです。意外と普通のまちなんですよ」
そう言って笑ったのが、しらかば牧場の牧場長佐藤さんです。東京出身、大手企業で働いた経験もあれば、フリーの翻訳家として生きた時間もあります。保有資格には米国公認会計士や船舶免許…?牧場にいるのが少し不思議なくらい、異色の経歴の持ち主です。

ここに来たのは50歳の時でしたが、現在は牧場長として現場に立ちながら、経営にも深く関わっています。そんな東京から移住してきた佐藤さんにとって、このまちは、いい意味で「普通のまち」なのだといいます。
移住に必要なのは、北海道らしい景色が広がるというロマンだけではありません。買い物ができる場所があって、必要なものが揃って、日々の暮らしがちゃんと回ること。まちの中にイオンがあると聞けば、少し肩の力が抜ける人もいるはずです。
ただし、仕事は「普通」ではありません。牛のいのちを預かり、育て、送り出す。しらかば牧場は、乳牛育成牧場として、その“途中”を支える現場です。
「預かる」から始まる、500頭の現場
しらかば牧場は、最大500頭を預かる預託育成の現場です。ここで生まれた牛ではなく、他の牧場から預かった子牛を育て、次のステージへ送り出す仕事を担っています。

子牛は、生後3日以降に導入されます。最初の3週間は個別で哺育し、哺乳のリズムと体調を整えます。その後はロボット哺乳器での群飼育へ。離乳後は牧草と配合飼料を中心に育てていき、13ヵ月ほどで人工授精。妊娠が確認できたら、元の牧場へ返します。
「たまにね、懐いてくれる子とかもいるんですよ。そういう子が元の牧場に帰る時は、寂しさはもちろんゼロじゃないです。でも大抵は、安心のほうが大きいですね。無事に帰るって、それだけでホッとします」
預かっているのは、いのちだけではありません。預け元の牧場の未来も一緒に預かっています。だからこそ、育成の精度が問われます。毎週の受け入れと送り出しのリズムも途切れないように整える仕事になっていきます。
数字で分析する楽しさ
しらかば牧場を語るとき、「効率化」という言葉が何度も出てきます。ただ、それは“ラクをしたい”という意味ではありません。むしろ、人の負担を減らし、牛の状態を安定させるための効率化です。
たとえば、以前は、牧草を細かく刻んで発酵保存する「刻みサイレージ」と、牧草をロール状にしてフィルムで密封する「ラップサイレージ」を併用していました。しかし現在はラップに一本化し、作業工程を減らすことで現場の負担を軽くしています。作業工程がひとつ減るだけで、現場の疲労感が変わります。
「数字を見て、仮説を立てて、やってみて、また見る。終わりがないんですよ。でも、その“終わりがない”のが面白いんです」と楽しそうに話す佐藤さん。

机上の理論ではなく、牛舎の匂いの中で積み上げてきた言葉だと感じました。
牛舎や草舎、倉庫。ショベル、トラクター、ローダー。細かな農機具やアタッチメントも多いそうです。
「まあ、ボロも多いんですけどね」と冗談めかして笑いながら、発電機やロボット哺乳器、牛群管理センサーなど、必要なところには投資も進めています。発情や疾病の兆候を早めに掴むことは、牛のためであり、人のためでもあります。
「会社」として、人を迎える準備
採用の話をするとき、佐藤さんは「牧場」である前に「会社」であることを、何度も意識して言葉を選びます。
役員は6名。業務委託を含む従業員は7名で、年齢層は20代、30代、40代、50代と幅広く、そのほとんどが未経験者であり、移住者です。つまり、しらかば牧場は「経験者しか通れない門」ではありません。むしろ、未経験の人が入ってきて、現場で学び、戦力になっていくことを前提に、組織を整えてきた会社です。
そして、この“会社としての整備”を、現場感覚を持ったまま進めている中心人物が佐藤さんでもあります。佐藤さんは牧場長として現場に立ちながら、会社の事業計画、決算の内容の把握、予算管理にも深く関わっています。餌の方針や育成プログラムの見直し、どの工程にどんな機械を入れるかの判断、採用関連の動きまで。現場と経営の間をつなぎながら、会社の土台を整えてきた人です。
だから、しらかば牧場の制度や仕組みは“机の上の理想”になりにくいのだと思います。現場で起きる小さな困りごとや、手が回らなくなる瞬間を知っている人が、会社の方針にも関わっている。その距離感が、しらかば牧場の強さなのだと感じました。
福利厚生も、暮らしの現実に寄り添っています。通勤手当を基本に、出産・入学・結婚などの祝い金制度。社宅も用意されていて、単身用と世帯用が1軒ずつ、さらにもう1軒購入予定と聞きました。
評価制度も同じです。自己評価と役員評価をベースに、年1回の昇給・昇格の機会があります。キャリアパスは「マネジメント」と「技術エキスパート」の2コースから選べる仕組みです。
ここが採用において、意外と大きいポイントになります。未経験の人ほど「この仕事を続けた先に、何があるのか」が見えないと不安になります。体力仕事なのか、ずっと現場だけなのか、将来の選択肢はあるのか。しらかば牧場は、本人の希望に応じて道を分けられるように設計し始めています。実際に、牧場長の佐藤さんは入社して5年ほどで役員へ登用されるなど、経営幹部を目指せるキャリアも構築されています。
さらに研修や学びの仕組みもあります。外部講師を招いての講習、牧場視察、オンラインセミナーなど。会社側が学びの入口を用意する。そうした姿勢は、未経験者にとっても安心材料になります。
マニュアルは、作り込みすぎません

しらかば牧場には必要なものに関してはマニュアルがありますが、ほかは作り込みすぎません。ここが、現場の教育として面白いところです。
「手順を揃えないと危ないもの、品質に影響が出るものは、ちゃんとマニュアルにします」
一方で、生き物相手の仕事は正解がひとつではありません。昨日うまくいったことが今日もうまくいくとは限らない。だからこそ「この場合はこう」と、すべてを文章で縛るより、判断の軸を現場で受け渡していく必要があります。
ただし、ここで誤解してほしくないのは、「マニュアルを作り込みすぎない=放任」ではないことです。
本当に未経験の方が入ってくるときは、段取りをひとつひとつ言語化した“指示書”が作られることもあります。今日は何をどの順番でやるのか、どこで注意するのか、何が終わったら次に何へ移るのか。まずは迷わないように、仕事の道筋を見える形にして渡すのです。
そのうえで、入社してからはOJTの研修としてマンツーマンで先輩がついてくれます。
「できるようになるまで一緒にやる」ことが前提にあるから、未経験の人でも焦らずに土台を作れます。
東京の会社員が、50歳で牧場へ
冒頭でも語った通り、佐藤さんは50歳で農業の世界に飛び込みました。理由は驚くほどシンプルです。
「動物全般が好きだったんですよね」
求人を探し、実際に見学にも行きました。検討の中で本州も視野に入れつつ、家賃や生活費、雇用条件を考えて北海道へ。
ただ、最初の職場環境は厳しかったそうです。いわゆるブラックな現場。しらかば牧場に来た当初も「劣らぬブラック」と感じたと、佐藤さんは笑いながら話します。

それでも辞めなかったのは、仲間がいたからです。年配スタッフの存在、現場を回してきた人たちへの責任感。「自分が抜けたら崩れるかもしれない」という感覚が、佐藤さんを踏みとどまらせました。
そして、その“辞められない理由”が、いつの間にか“変える理由”に変わっていきました。前の牧場長が辞めた後、佐藤さんがその役割を担い、現場改善と育成体制の整備を引っ張ってきました。
いのちの重さと、それでも前を向く理由
酪農の仕事は、きれいごとだけではできません。佐藤さんが「一番つらい」と語ったのは、どんなに頑張っても牛が死んでしまう場面です。怪我、病気、先天的なリスク。助からないと判断する瞬間。
「次に牛舎へ入るのが、怖くなることもあります」
その言葉には、いきものを相手に仕事をするという、逃げ場のない重さが、そのまま込められているようでした。
一方で、「それでも続ける理由」も、佐藤さんははっきりと話してくれました。まず、牛がかわいいこと。そして、仕事が“淡々とした作業”で終わらないことです。
ミルクの量を少し変える。飼料の配分を少し調整する。ほんの小さな工夫が、牛の状態の変化として目に見えて返ってくる。その“返事”があるのが、本当に面白いのだそうです。
「やったことが成功なのか失敗なのか、それが見えてくるんです。そこをやり始めたら一気に面白くなる」
追求する楽しさ。きりのない楽しさ。正解がない現場だからこそ、考えるほど深くなります。佐藤さんの言葉を聞いていると、しらかば牧場の仕事は“作業”ではなく“探究”に近いのだと感じました。
そして最後に、佐藤さんが話してくれた未来の話があります。
「この地域で、一番給料が高い農場にしたいんです」
少し笑いながら、でもまっすぐに。
簡単な目標ではありません。でも、その言葉には順序があります。給与を上げるには仕組みが必要です。仕組みを回すには人が必要です。人が続けるには育成が必要です。全部つながっています。

さらに佐藤さんは、ここでの挑戦が“会社のためだけ”では終わらないとも語ります。地域の安定のために、業界の未来のために、人材育成をしていく。それが結果的に、まちの発展にも貢献していくはずだと。
では、どんな人がこの仕事に向いているのでしょうか。佐藤さんは、きれいごとにせず、はっきり言います。
動物好きであることは、まず前提です。その上で、チームプレーができること。協調性があること。そして、積極的に学ぶ姿勢があること。
「酪農ですけど、あくまでも会社員でもあるので。“農業=ゆるい”みたいなイメージで来ると、厳しいかもしれないです」
熱いノリで前向きに吸収できる人。わからないことをそのままにせず、聞ける人。学んだことを次の日に試してみたくなる人。そういう人ほど、しらかば牧場の現場は面白くなっていくはずです。
流氷が来るまちで、いのちを預かり、人を育てる仕事があります。動物が好きで、学ぶことを面白がれて、チームで働くことを大切にできる人なら。しらかば牧場は、あなたの「これから」を受け止めてくれるはずです。
